マンション滞納管理費の基礎知識

マンション管理費を滞納している区分所有者の氏名公表

マンション管理費を滞納している区分所有者の氏名を公表することが許されるか

【質問】

当マンションには管理費の滞納者が多く、予算にも支障をきたしております。そこで、今後は3か月以上管理費を滞納した区分所有者は問答無用でマンション内の掲示板に部屋番号・氏名・滞納額を掲示することにしました。何か法的な問題点はあるのでしょうか。

【回答】

プライバシー侵害・名誉棄損による不法行為責任を管理組合が負う可能性がありますので、氏名の公表は控えるべきだと考えます。

【解説】

まず、管理費滞納の事実を公表することが名誉棄損に該当し得るかどうかについてですが、管理費を滞納しているという事実はその者の社会的評価を下げる事実であり、名誉棄損に当たる可能性はあります。
しかし、その行為が、①公共の利害に関する事実に係り、②専ら公益を図る目的でなされ、③適示された事実の重要な部分が真実であれば、不法行為にはならないとされています。
管理費の滞納は①公共の利害に関する事実に係るものだといえます(ここでは、③滞納の事実が真実であることは当然の前提とします。)ので、管理費滞納の事実を公表することが名誉棄損の不法行為に該当する否かは、その行為が専ら公益を図る目的でなされたといえるかによることになると思います。
しかし、マンションの管理組合は区分所有法等によって手厚い保護が受けられるため、管理費の回収に関しても民事訴訟等の民事手続によって図ることが容易にできますので、管理費滞納の事実を公表する必要性は乏しく、公表の目的は見せしめ的な意味合いが強いのではないかと思われます。
そうすると、管理費滞納の事実の公表は専ら公益を図る目的とはいい難く、名誉棄損の不法行為に該当する可能性が高いです。
特に本件の設問のように、わずか3か月の滞納で問答無用でマンション内の掲示板に部屋番号に加え、氏名・滞納額までもを掲示する方法で公表を行うことは、名誉棄損に該当する行為だと思われますので、ただちに中止するべきです。

また、管理費滞納の事実は、プライバシーに関する事実でもありますので、プライバシー侵害になるおそれもあります。特に滞納者に子どもがいるような場合には特別な配慮を要することもあるでしょう。
その意味でも管理費滞納者の氏名公表には慎重になるべきです。

なお、東京地方裁判所平成11年12月24日判決(平成10年(ワ)第5448号)は、別荘地の町会会長が行った滞納者の氏名を公表する立看板の設置は、「本件立看板の設置に至るまでの経緯、その文言、内容、設置状況、設置の動機、目的、設置する際に採られた手続等に照らすと、」「管理費の支払を促す正当な管理行為の範囲を著しく逸脱したものとはいえず」名誉棄損の不法行為には当たらないと判示しており、一般的にこの裁判例がマンション管理組合による管理費滞納者の氏名公表の正当化の根拠に使われます。しかし、この裁判例の事案はそもそもマンションの事案ではなく、20年以上の滞納者のあるような特殊な案件であり、少なくともマンションの管理組合において一般化はできない事例であると思われます。

マンションの滞納管理費の回収は、適正な法的手続を行うことで実現可能なわけですから、マンションの管理組合や理事長が損害賠償責任のリスクを負う可能性のある氏名公表などの方法は厳に慎むべきであると考えます。

特定承継人による前所有者に対する滞納管理費の求償

特定承継人が前所有者から承継した滞納管理費を支払った場合、特定承継人は前所有者に対して同額の求償をすることができるか

滞納管理費のあるマンションの部屋を購入した特定承継人は前所有者の滞納管理費の支払義務を承継することとされています(区分所有法8条、7条)。
それでは、滞納管理費を支払った特定承継人はその額を前所有者に求償することができるのでしょうか。

特定承継人が任意売却で滞納管理費のあるマンションを購入した場合

特定承継人が任意売却で前所有者からマンションの部屋を購入した場合には問題になることはほとんどありません。
なぜなら、そのような場合、特定承継人は事前に滞納管理費の分を価格から控除して前所有者に対して支払い、その代わりに特定承継人が求償権を放棄することが契約書に明記されていることがほとんどだからです。
契約書に明記されていなくても、価格に反映されていれば求償権を放棄する旨の黙示の合意があったものと考えることができます。
しかし、滞納管理費の額が価格に反映されていなければ、管理費を滞納したのは前所有者なのですから、特定承継人の負担割合はゼロであると考えるべきであり、滞納管理費を支払った特定承継人はその全額を前所有者に求償できることに争いはないと思われます。特定承継人の義務は、補完的なものに過ぎないからです。

特定承継人が競売で滞納管理費のあるマンションを落札した場合

問題となるのは特定承継人が滞納管理費のあるマンションの部屋を競売で落札した場合です。
競売物件においては、裁判所によって売却基準価額が定められますが、その金額には滞納管理費分が考慮され、管理費滞納のあるマンションはそうでないマンションよりも安い価額が定められます。
これは、落札者も特定承継人である以上、前所有者の滞納管理費の支払義務を承継するため、落札者が不測の損害を負わないように、裁判所がそれを売却基準価額に反映させているためです。
この場合、特定承継人と前所有者との間には契約関係はありませんので、滞納管理費分が落札額に反映されていたとしても、特定承継人と前所有者との間に求償権を放棄する旨の合意は存在し得ません。
また、売却基準価額が安く設定されたとしても、競売である以上、落札価格が高騰する可能性はあり、滞納管理費分が落札額に十分に反映されるとは限りません。
したがって、競売で落札をした場合であっても、滞納管理費を支払った特定承継人はその全額を前所有者に求償できると考えるべきだと思います。
競売物件において、管理費滞納のあるマンションをそうでないマンションよりも安く落札できるのは、特定承継人がマンション管理組合に滞納管理費を支払った場合に、前所有者が無資力であれば、その求償ができない可能性があるため、そのリスクを考慮して、事実上安く落札できているに過ぎないと考えられるからです。

《参考裁判例》

東京高等裁判所平成17年3月30日判決・平成16年(ネ)第5667号求償金請求控訴事件